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「器用・不器用」から「適応型・蓄積型」へ

世の中には「器用な人」と「不器用な人」がいると言われます。

私自身もこれまでその言葉を使いながら、人の学び方や成長の違いについて考えてきました。

しかし最近、この言葉に少し違和感を覚えるようになりました。

なぜなら、私が考えていた「器用」と「不器用」は、世間一般で使われる意味とは少し違っていたからです。

 

器用・不器用は優劣の言葉になりやすい

一般的には、

器用な人は優秀。

不器用な人は劣っている。

そんな印象を持たれがちです。

しかし実際にはそうではありません。

器用な人は新しい環境への適応が早い。

不器用な人は時間をかけて経験を積み上げる。

これは能力の高低ではなく、成長の仕方の違いです。

そこで私は、「器用・不器用」という言葉を一度置き換えてみたいと思うようになりました。

 

適応型と蓄積型

私が考えた新しい呼び方は、

適応型

蓄積型

です。

適応型は、新しい環境や変化への対応が得意です。

初めての仕事でも形にする。

初めての人ともすぐに関係を築く。

未知の状況でも柔軟に動ける。

一方の蓄積型は、経験を積み重ねることで力を発揮します。

最初は時間がかかるかもしれません。

しかし試行錯誤を繰り返しながら、

品質を安定させる。

再現性を高める。

技術を仕組みにする。

そうした強みを持っています。

 

長嶋茂雄と王貞治

この違いを考える時、私の頭に浮かぶのが二人の野球選手です。

長嶋茂雄

そして

王貞治

です。

もちろん実際の本人たちはもっと複雑な存在ですが、世間が持つイメージとして考えてみます。

長嶋さんと聞いて思い浮かぶのは何でしょう。

天覧試合。

劇的なホームラン。

記憶に残るプレー。

数字よりもまず物語が浮かびます。

 

一方で王さんと聞いて思い浮かぶのは、

868本塁打。

世界記録。

一本足打法。

圧倒的な積み上げです。

長嶋さんは、その場その場への対応力が際立つ適応型の象徴。

王さんは、再現性を極めた蓄積型の象徴。

そんな見方もできるのではないでしょうか。

 

器用な人ほど鍛錬が必要

世間では、

「器用な人は努力しなくてもできる」

と思われがちです。

しかし私はそうは思いません。

むしろ適応型の人ほど鍛錬が必要です。

なぜなら、一度できたことと、毎回できることは全く違うからです。

たまたまできた。

調子が良かった。

その場のひらめきで成功した。

これだけでは価値になりません。

10回やって10回できる。

100回やって100回できる。

そこまで持っていくには膨大な練習が必要です。

 

王さんの一本足打法も、ただの才能ではなく、再現性を追求した結果だったのでしょう。

 

AI時代に求められる適応型

そしてAI時代になると、適応型には新しい役割が生まれます。

それは橋渡し役です。

現場の経験を理解する。

経営の意図を理解する。

AIの知識を理解する。

それぞれの言葉を翻訳し、つなげる。

かつて現場を渡り歩いた人が最終的に監督や管理職になることが多かったように、これからの適応型もコーディネーターとして価値を発揮するでしょう。

ただし、そのためには自分の経験だけでは足りません。

他人の経験を言語化する力が必要です。

 

AI時代に求められる蓄積型

一方で蓄積型の価値もなくなりません。

むしろ重要性は高まります。

AIは答えを出すことは得意です。

しかし現場で試行錯誤しながら品質を高める経験は、人間が積み上げるものです。

その経験があるからこそ、仕組みが生まれます。

マニュアルが生まれます。

教育が生まれます。

蓄積型は、組織の土台を作る存在なのです。

 

おわりに

これからは「器用か不器用か」を考える時代ではないのかもしれません。

適応型か。

蓄積型か。

そして、自分はどちらが得意なのか。

また、相手はどちらなのか。

それを理解することの方が重要です。

適応型が橋を架ける。

蓄積型が土台を築く。

どちらが欠けても組織は成り立ちません。

AI時代だからこそ、人それぞれの成長の仕方を理解することが、これまで以上に大切になるのではないでしょうか。