テレビ東京に学ぶ「大衆の時代から推しの時代へ」

最近、テレビ東京について考えることがある。

昔は在京キー局の中で少し変わった存在だった。

予算は少ない。
視聴率競争では不利。
報道特番も他局ほど積極的ではない。

しかし今になってみると、テレビ東京のやり方はむしろ時代の先を行っていたのではないかと思う。

 

昔は「みんな同じ」が強かった

昭和から平成初期にかけては、大衆の時代だった。

テレビは一家に一台。

家族全員が同じ番組を見る。

人気歌手は国民的スターになり、お笑いも世代を超えて共有された。

漫才で言えば、やすし・きよしのような存在である。

子どもも笑う。
大人も笑う。
お年寄りも笑う。

100人いたら100人に受けることが理想だった。

企業もテレビ局も、できるだけ多くの人に受けるものを目指した。

 

テレビ東京は違う道を歩いた

ところがテレビ東京は少し違った。

アニメ。

鉄道。

経済。

旅。

歴史。

他局があまり手を出さない分野を地道に育てていった。

視聴率だけで見れば決して有利ではなかった。

しかし好きな人は熱狂的に支持した。

後にポケモンが世界的コンテンツになったのも、その流れの延長線上にあるのかもしれない。

テレビ東京は「みんなに好かれる」よりも、「好きな人には深く刺さる」を選んだように見える。

 

AKBも実は同じ発想だった

AKBや坂道グループも似ている。

昔のアイドルは国民的スターを目指した。

しかしAKBは違った。

大人数を集め、

「この中にあなたの推しがいます」

という仕組みを作った。

全員が同じメンバーを好きになる必要はない。

一人ひとりが違うメンバーを応援する。

これはニッチ戦略の集合体とも言える。

 

お笑いも細分化された

今のお笑いも同じだ。

100人が100人笑う芸人は少なくなった。

その代わり、

ある人には大爆笑でも、
別の人にはまったく刺さらない。

そんな芸人が増えた。

それでも成立する。

なぜなら視聴者が同じ方向を向いていないからだ。

YouTubeもSNSもある。

好きなものを好きな人だけが追いかける時代になった。

 

現代は「推しの時代」

昔は最大公約数を探していた。

今は違う。

自分に合うものを探している。

テレビ番組も。

アイドルも。

お笑いも。

そして学び方ですらそうなっている。

みんなが同じ教材を使う時代から、

自分に合う学び方を探す時代になった。

 

不器用な人が生きやすい時代

私は以前から「不器用」について考えてきた。

不器用な人は万人受けしない。

しかし得意なことや好きなことを深く掘る傾向がある。

昔はそれが弱点になった。

ところが今は違う。

社会そのものが細分化されている。

テレビ東京が生き残ったように、

AKBが成功したように、

不器用な人もまた、自分に合った場所を見つけやすくなった。

現代は「みんな同じ」を求める時代ではない。

むしろ、

「あなたに合うものは何ですか」

が問われる時代である。

 

そう考えると、テレビ東京の歩みは単なるテレビ局の歴史ではなく、これからの社会の姿を先取りしていたのかもしれない。